都の騎士学校での苛めに耐え切れなくなった幼いアルセリオスは、ある夜、寄宿舎を逃げ出し、今まで敵の侵入を許したことがないという魔の森へ足を踏み入れる。だが彼を飲み込んだ魔の森は、彼が引き返すことも、抜け出すことも許さない。恐怖に身も心も震わせ、泣きながら森を彷徨うアルセリオスは、やがて森の中、そこだけぽっかりと切り開かれ、コリウスに守られるように立つ古城をみつける。そして、その今にも崩れそうな古城の前に、まるで城の一部であるかのようにひっそりと佇んでいる不思議な女性に出会う。
傷心の幼い少年は彼女に心を寄せ、その後、足しげく森の古城へ通うようになる。師のように姉のように母のように彼に接する謎めいた古城の佳人は、アルセリオスの背が彼女をとうに超えても、その姿は出会ったときのまま変わらず、やがてアルセリオスはそんな彼女を狂おしく恋慕うようになる。求愛を拒んだ彼女が彼を遠ざけようとしても、雄々しく美々しい帝国一の騎士となった彼に、美しい皇女が求婚しても、彼の心は唯一彼女だけを求め続ける――。
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作品のご紹介&感想 秋の夜に読みたい大人のメルヘン特集、前回のご紹介で終了の予定でありました。ところが、新館の特集でご紹介する作品を探しにサイトへ伺い、この
オンライン小説を拝読させていただいたところ、季節といい、その舞台立てといい、キャラといい、もう、今回の特集にドンピシャな作品であり、どうしてもこの特集にてご紹介したくなりました。実は随分前に一度読ませていただいたことがある作品なのですが、その時は、軽く読み流してしまったらしく、迂闊なことに、この作品の魅力に気づきませんでした。今思えば、その頃は
オンライン小説にはまり始めたばかりの時でして、どちらかといえば、綺羅びやかな恋物語ばかりに目がいっておりました。また、この作品の初読は、同サイトの私が非常に感銘を受けた別の
オンライン小説読後すぐであり、その興奮冷めやらぬままに拝読させていただいたもので、おそらくは、それもあって、この作品の印象が薄くなってしまったのではないかと思います。何はともあれ、今回、じっくり読ませていただいたところ、今更のようにこの
オンライン小説のいぶし銀?の魅力に気づいて慌てている次第であります。
近年、日本ではかってないほどのガーデニングブームが巻き起こっておりまして、家々の庭先や窓辺に寄せ植えの美しい花々を見かけることが多くなって参りました。ガーデニングを趣味となさったことがある方も、ない方も、色取り取りの花々に混じって、花とも見紛う美しい色形をした葉ものが植えられているのをご覧になったことがあるのではないでしょうか?室内で葉の美しさを鑑賞するものといえば観葉植物がすぐ思い浮かぶかと思いますが、それが戸外、花壇や外の鉢植えで美しい葉ものといえば、その扱いの容易さと価格の安さなどから、日本でも、一番ポピュラーと言ってよいのが、コリウスです。
別名はキンランジソ(金欄紫蘇)、ニシキジソ(錦紫蘇)。コリウスという名前に馴染みがない方や実物をご覧になった事がない方も、この別名だけで、その姿形を想像するに難くはないでしょう。名が示すとおりコリウスは、白に近い淡黄色から暗赤色までとバラエティに富んだ葉色、しかも、単色のものもあれば、ど派手な複輪や斑を持つものもあるという非常に目に鮮やかな葉を持つ植物です。けれども、美しくはあっても、通常は花を引き立てるため、あるいは日照などの関係で花を咲かせることが難しい場合などに花の代わりに植えられることが多いコリウス。そして当然、コリウスが重宝がられ愛でられるのはその色鮮やかで形も様々な葉であって花ではありません。それがその由来かどうかは不明でありますが、コリウスの花言葉は絶望の恋―。本編は、そんなコリウスが見渡す限り生い茂り見守る中、綴られていくダークで耽美な恋物語です。
ドラマティックなストーリーもキャラも実に魅力的ですが、再読させていただいた私の心をなによりも捕らえ、目を瞠らせたのは、そのすばらしい文章力にでした。森も、古城も、コリウスも、そして古城に一人住むこの佳人の姿も、とにかく、情景描写がすばらしいの一語に尽きます。地の文にここまで迫力と魅力がある作品も珍しいのではないでしょうか。
作中、かなりの量を割いておられる情景描写に比すると、直接の心理描写にはそれほど多くを割いてはおられません。謎めいた古城の佳人の心情にしろその謎にしろ、明快な言葉として語られてはおらず、終幕間近の彼女の慟哭の場面でさえ全てが明らかになったとはいえません。そういう意味では読者がそれを推し量れる材料は多いとはいえず、物語の謎を読み解くのが難しい作品といえるかもしれません。謎が謎のまま、あるいは矛盾した状態で終了した作品には、読者として不満やもどかしさを感じることが多々ある私メでありますが、こと本編に限ってはそれはございませんでした。具体的な謎の解明がなされていなくとも、それを代弁する、そして補って余りある説得力が本編にはあったからです。
彼女の台詞や隠し切れない真意ゆえにわずかに動揺する様子、それらもその心情を読み解く上で貴重な手がかりとなり意味深いのですが、そうした彼女の言動よりも私にとって雄弁に感じられたのは、森やコリウス、それらの重厚で劇的な情景描写でありました。読むものにその映像をまざまざと脳裏に思い浮かばせ、それゆえにヒロインの心情が説明された言葉としてではなく、感情としてより直接的に伝わってくる描写。それは言葉としての詳細な説明を超えて私を圧倒し、納得させ、そしてまた新たな想像を掻き立てるものでありました。
この
オンライン小説は彼らの恋の終焉とも、新たな始まりとも、また終わりの始まりともいえる形で幕を閉じます。絶望の恋―、この花言葉に心竦まずにいられる方であれば、また甘い恋物語に飽きた大人の読者の方であれば、このドラマティックで残酷でダーク、そしていぶし銀のような魅力をもつロマンスをお楽しみいただくことができるかと存じます。
★新館でも開催中 『秋に読みたい大人のメルヘン特集 』 は
こちら から
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