近未来世界、人間は全てルールに従い行動し、何をするにも許可を得なければ生きていけない世界。その世界で、10年に一度、たった一人の当選者だけが味わえる『自由』。天文学的な確立の宝くじに当選したリコは、特権階級しかゆくことを許されない地上の楽園、南の海で72時間のバカンスを手に入れる。地上にゆく一般人の彼女を監視するために、特殊任務についているレオンがエスコート役として彼女に付き添う。地上での前時代の生活様式には一切の経験も知識もないリコは、ことあるごとにレオンを呆れさせるが、ふと触れ合った指先から不思議な既視感が蘇えり、二人は心をかき乱されてゆく。
中世ヴェネチア。行き交うゴンドラの男たちがその美を讃える美女モニカ。自身もまた娼婦を母とする名門貴族の庶子であるカルロは、コルティジャーナ(高級売春婦)であるモニカを毛嫌いしているが、伯父に代わって嫌々彼女の送り迎えをする羽目になる。ことある事に反発しあう二人だが、カーニヴァルの夜、一つの賭けをしたことから運命の歯車が廻りはじめる――。
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作品のご紹介 : はじめてこのサイトさまへおじゃまさせていただいた時は、作品ページの冒頭のご説明どおり、南の海で過ごすバカンス、それにまつわる短めの恋愛小説しかなかったような気が致します。読んでいるだけで、サイトの御名前どおりの青いゼリーのような海と白い砂浜が目の前に広がるようなすてきな作品ばかりでしたが、連載中の作品がその時はなかったせいもあり、サイトにある作品を一通り読んでしまうと、その当時の私の常として、そのままブックマークすることもなく、脳内ではチェック済みサイトさまとして分類され、その後久しく伺うこともありませんでした。
ところが、つい最近、検索サイトさまで見つけた印象的なタイトルに惹かれて、久しぶりに伺って拝読させていただいたところ、びっくり致しました!こちらの作者さまが心から愛されている南国の海と空、ゼリーのような青い海と空を感じさせていただけるのは以前と変わりはございませんが、それだけに留まらなかったのです。いつの間に変貌を遂げられたのであろうか…?それが正直な私メの感想でございました。変貌でなければ、脱皮、進化、飛翔とでも申しあげましょうか?いずれにせよ私的には大歓迎の大変化でありました。
今の日本に生きる私たち読者にとって、物理的にも心理的にも、あらゆる意味で非常に距離があり、非日常的な楽園として憧憬を抱かずにはおられない南の海のリゾート地。この世の楽園、彼岸とも言うべきその地との距離感と憧憬を、実に効果的、印象的に投影させた作品は、楽園が美しければ美しいほど、太陽が輝けば輝くほど、こちら側で生きている人間の寂寥を際立たせ、切なく読ませていただいた覚えがありますが、読後の感想は非常に静かなものでありました。美術館で美しく印象的な小作品の前で足を止め、しばしそれに見入るような、けれどもやがて小さく息をはき、静かにその場から去るように、その美しく完成された作品世界は、楽園ゆえの、彼岸ゆえの距離感を最後まで読者に忘れさせることはありませんでした。楽園が現実世界と距離があるのは当然であり、また、その距離があればこそ日常に追われる人間にとっては一層魅力的であったわけでして、読者はその距離を致し方ないものであると認めた上で、諦観に似た静かな気持ちで、対岸からその物語を楽しませていただくことでヨシとしておりましたし、少なくとも私メはそうでありました。
ところが、このご紹介作品は、連載中ということもあるかと存じますが、その距離感を感じないのです。近未来の南の海でも、中世ヴェネチアでも、時を超えてめぐり合う恋人たちがこの後どうなるのか、このドラマティックな物語に引き込まれ、激しく感情を揺さぶられてしまった私は、もはや以前読ませていただいた作品のように、静かな諦観と共に物語を楽しむなどという達観した風はもう装うこともできません。オンライン作品の世界はアマチュアの世界。アマチュアゆえにそれぞれの作者さまが自由にご自身の個性のままに作品を描いてくださる。自由ではあり個性豊かではあるけれど、それぞれの作者さまの個性と作風は、半固定化され、その色が濃くなることはあっても、変化することはめったにない…と、思い込んでいたために、本当に驚きました。大人っぽくどこかにアンニュイな雰囲気が漂う、一連の作品も好きですが、それ以上に、ドラマティックな長編が大好きな私メにとって、この驚きは、本当に嬉しくてなりません。もっのずごく、面白くて、はっち好みです!
物語の冒頭は近未来を舞台としているのですが、ファンタジーでもSFでも、その特異な設定を読者に理解させなければ、その設定の上に広がる作品世界を楽しむことはできません。けれども、この作品は、その説明のための説明は、必要不可欠な部分だけが最小限度に抑えられており、SF作品によく見かける、やたら未来用語or造語?がでてくる長ったらしく退屈な説明はありません。そんなものはなくとも、海やコテージでのリコのコミカルな、けれども自然で説得力のある言動だけで、作者さまが構築したこの作品の時代設定、背景を、実にリアルに読者に知らしめ、ストンと納得させ、いわば皮膚感覚で感じとらせるのですから、スゴイ、ウマイ、としか申せません。
海辺のシーンは、さすが南の海を愛しておられるこの作者さまならではのすばらしい描写です。初めて海を見て、初めて砂浜を歩くリコの感覚そのままに、読ませていただくだけで、一足ごとに暖かい砂に沈み埋もれるあの感覚や、その足先を洗う海の水の温度さえも蘇ってくるほどです。しかしながら、この作者さまが南の海にシーンの描写に長けておられるのは周知の事実。今回、私メが驚き、魅了されたのは、舞台がベニスへ移ってからです。
実は私メ、かのイタリア在住の作家、塩野七生氏の作品の大ファンであります。そして、私が初めて手にした塩野氏の作品は、名著「海の都の物語―ヴェネツィア共和国の一千年」であります。ベニスに死すだの旅情だの(ふ、古い!)名画の舞台であることと、ゴンドラが行き交う水の都―という程度でしか認識していなかった私メは、同じ時代の他の国々とは一線を画した徹底した合理性を柱とした稀有な都の物語にガツンとやられました。ヴェネツィアという国はとにかく、領土も狭く、人口も少なく、資源もない。そんな国が、一時代地中海の女王と呼ばれたのは、国体を死守し、国利を優先するために非情ともいえる合理性を発揮したからでありまして、だからこそ時として理不尽で残酷な不条理もそこにはあるわけでして、その二面性は、非常にユニークでエキセントリックで物語の舞台となる材料に事欠きません。
貴族女性は同格、もしくは自分より身分が上の男性にしか嫁ぐのは難しい。嫡子(正式な結婚で生まれた子ども)であれば母親が平民であっても父親が貴族であれば貴族として扱われるが、庶子である場合は、父親の身分がどれほど高くとも平民とされ、政治的な地位は全く与えられない。ヨーロッパで最も官能的とされたヴェネツィアの女たちの中で、貴族女性よりもその才と美を謳われたコルティジャーナ。合理的ではあっても厳格な法制度に支配されていたからこそのカーニヴァルの狂乱と熱狂etc.,etc.本編のヴェネツィア編は、そんなヴェネツィアのヴェネツィアらしさが満載でして、ヒストリカルとしても逸品です。ヴェネツィアという魅力的な土地に舞台負けすることもなく、舞台にふさわしいドラマティックで官能的なストーリーが展開していきます。主役の二人も魅力的ですし、ヴェネツィアという土地と同じく、陰影が深く、光と影が浮き彫りになるような心理描写は、本当にドラマティックで物語に引きずり込まれてしまいます。(それが快感!)
青く輝く海と空、カラリとした湿度の少ない南の楽園。そして、美しく享楽的に見えても、湿地帯に無理やり構築された細く暗い路地と狭い水路で囲まれた都、ヴェネツィア。対照的なその舞台設定は、その明と暗、光と影で、一つの物語の二つの舞台それぞれを相乗効果でより印象的に彩っているように思えます。
輪廻の輪に囚われた愛を描くオムニバス形式のこの作品は、他にもまだ違う舞台での物語が用意されているようで、それもとても楽しみです。作品の目次、背景に使われているクリムトの絵が、もう物語にぴったりでそれもよかった~♥(いつの間にか変貌を遂げられたこの作者さまの他の長編もおもしろいです!)
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