雨が多いことからその名がついた水越村。その村の始祖の家で生まれた晃は、抜きん出て優秀で、何でも卒なくこなし、年齢にそぐわない落ち着きと成熟があった。けれども、その容赦の無い言葉と、冷ややかな態度に周囲は困惑して、母親や教師さえも彼を遠ざけ、同年代の少年少女たちは怯えた眼差しを投げる。晃は、誰もが密かに憧れ、誰もがそんな賛辞など口にしない、特別な人間だった。
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そんな村で一番の浮いた存在の晃を特別扱いせずに普通につきあってこれたのは、村長の一人娘で幼なじみの香代だけ。同じく家で浮きっぱなしの香代にとって彼は、同志でもあり、一番近くにいる一番遠い存在だった。つかず離れずの距離を保っていた二人だが、高校3年の秋、晃の家の周りに彼岸花が咲き乱れた頃、その関係は唐突に変化する。進路や家庭環境で悩んでいた香代へ、晃はその打開策のために協力を申し出るが、その交換条件として彼が香代に求めたのは――?!
――「セックスしようぜ」
寂しさが、虚しさが、どうにもできない予感が、香代の抵抗を阻んだ。
頭ではわかっているのに、力が出ない。
こうして二人の秘められた関係は始まった。 ――
――本編より 一部抜粋
作品のご紹介&感想
物語の舞台は、四国の山奥の古い村。その閉鎖的な雰囲気の村の村長の一人娘香代の視点で語られる、糖分控えめ?イレギュラー系?幼馴染ラブストーリー(どういう分類だ…(^^ゞ)。
ヒーロー晃は、これはもうフィクションの世界でしか存在しないだろうぶっとんだ魅力に溢れたキャラです。孤高狷介に見えて、晃はその内面に孤独と混沌が渦巻いているようでして、作品タイトルの迷走は、そこからきているのかもしれません。今はそれほど栄えているとは言えないながらも、村の始祖とも言われる旧家の一人息子である彼は、生まれ育った土地や家に反発しながらも、どこか古い因習と伝承に囚われている風があります。彼の言動には多々の謎と矛盾が滲んで見え、そこがまたたまらなく魅力的でした。(謎めいたイイ男っていうのは、イイですねえ)
一方、ヒロインの香代、明るく可愛らしくはあっても、村長の一人娘という以外、特筆すべきところはない平凡な少女として描かれています。彼女はその健やかさと素直さゆえに、晃のことを、多少存在感があっても、どんなに周囲が避けようとも、そして人間独自の感情的な葛藤が彼には見られない事に気づいてはいても、それでも所詮は山奥の村で生まれた少し風変わりな普通の18歳の少年だと思い込んでいた唯一の人間であります。だからこそ、晃にとっても香代は特別な存在であり続け、彼女にだけは心を許していたのですが、香代がようやく、彼の危うい本質に気づいた時はすでに遅く、二人の間はのっびきならないところまできており、なによりも香代は彼のその混沌とした魅力に深く囚われていたのです。
周囲から白い目で見られたり、特異な存在であるヒーローと、彼を特別扱いしないヒロインが恋に落ちる物語は珍しくありませんが、この作品は、そうそう単純にはまいりません。なにより際立った個性を放っている本編のヒーロー晃は、それほどお手軽でも甘いキャラでもないのです。彼は屈折ヒーローというよりは混沌ヒーローとでもいうべきキャラですが、屈折していようが混沌としていようが、ともかくも捩くれた?ヒーロー好みの私メは、迷走している鬼畜な魔王―晃、そのエキセントリックな魅力にすっかりヤラレてしまいました(笑)。
若さに似合わぬ老獪な処世術を操り、その傲慢ささえも魅力的に映る晃は、最初に申しあげた通り、フィクションでしかお目にかかれないであろうキャラですが、その性格設定にふさわしく、性的な欲望には忠実であっても、恋情に溺れる甘さがないところが、実にリアリティがあり、この物語に説得力を加味していました。18歳の少女が恋に自分の人生を賭けるのはさほど珍しい事ではなく、不思議もありませんが、18歳の少年は、恋に人生を賭けることはそうそうあることではないからです。本編はまだ連載中でありまして、まだ明かされていない謎もありそうですし、今後その心情がどのように変化するかはわかりませんが、現状で彼と香代がお互いに向ける感情に温度差があるのは非常に納得でありました。
晃も魅力的ですが、ヒロインの香代もまた読者を共感させずにはいられない魅力がありました。特に彼女の健全さと明るさが全面に現われているその語り口は、簡潔丁寧な作者さまの筆力もさることながら、ともかく軽妙で明快、時にユーモラスで、時として非常に男前?でさえあります。ストーリーが進むにつれて、彼女にとってもはかなり重くイタイ展開にもなってゆくのですが、湿っぽさのない明快な語り口の魅力は色あせません。一見平凡な少女にしか見えない香代ですが、なぜ孤高の存在である晃の懐深くまで入ることができたのか、作者さま語るところの彼女が持つ特異な柔軟性とはこれのことかと、読者は自然と納得してしまうに違いありません。ヒーローたる晃の潔くはあっても、どこか謎めいて捩れた?魅力、それと対照的で健やかで真っ直ぐな香代の魅力、それらは相乗効果となってこの物語を盛り上げておりますし、なによりも、彼女のこの語り口の妙がなかったら、本編の魅力も半減していたに違いありません。
直接的な描写はないのですが、晃がストレートな台詞で香代を求めるシーンは、ぞくりとするような官能的な雰囲気がありました。印象的なシーンではいつも雨が降っております。雨の多い四国山間部の古い村。どこか伝奇ファンタジーめいた雰囲気もそこはかとなく漂っておりまして、それもまた物語に不思議な魅力を加えております。
【2008.11.17.本編完結 続篇連載中】r a n k o様のサイトはこちら
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