葡萄の言い分

秋の夜に読みたい大人のメルヘン特集 第2夜
GENRE : オンライン小説 恋愛小説非18R R指定なし
SITE NAME : 「死 海 の 林 檎」 http://ringoss.net/
MASTNER : た か し ょ う 様

CAUTION :


STORY ;
ヴォーモデュンの城には二つの葡萄がある。ひとつは塔に隠された絶世の美姫、ひとつは城の下層に暮らす不器量な庶出の娘。塔の姫君はどんなときでも塔から出てくることは無く、不器量な庶子はあらゆる場面で塔の姫君の身代わりを務めて周囲に嘲笑われる役目にあった。
庶子の娘は降り注ぐ嘲笑に身をすくめ、顔を伏せてじっと黙っている。それが彼女の役目だった。塔の姫君は高き塔の内、そこから出て日差しに身をさらすことも無くじっとしている。それが彼女の役目だった。
ふたりの娘の瞳はどちらも葡萄。まあるく豊かに実った葡萄。それは、ヴォーモデュンの王家の証。一方の葡萄は天に近きところで匂やかに実り、もう一方は地に落ちて腐れる。人々はみな天の葡萄を仰ぎ見て賞賛した。見たことの無い葡萄の美しさを賞賛した。ふたつの葡萄の言い分など聞くことなく。
王は、国を滅びから救った英雄に、姫を与えると約束した。
見事英雄となった傭兵ザヴィエは、王に天の葡萄を求めた。
―――本編より一部抜粋 ならびに作品紹介文より
作品のご紹介 :
もう、オープニングのプロローグからして、オンノベファンの心をわしづかみにしてしまう作品であります。タイトルといい、内容といい、これほど秋の夜に読むにふさわしい大人のメルヘンもないでしょう。
天の葡萄と地の葡萄。片や美と高貴を象徴し、片や醜さと卑賎を象徴する、二人の姫の、その対照的な容貌と生まれの違い。国の存亡の危機、国を救った者には、その身分に関わらずどちらかの姫を与えるという王の約束。やがて登場する救国の英雄は、姫を娶って王となる。これはもう、古今東西問わず、神話、伝説、御伽噺の定石、原型中の原型であります。これが子どもむけにアレンジされた美醜イコール正邪でもある物語でしたら、勇者は、意地悪で醜い姫を退けて、美しく生まれも貴く心も清いお姫様を選んで王様となりました。めでたし、めでたしとなるのですが、もちろん、この作品はそんな子供だましの類ではございません。ミステリアスでダーク、そして耽美で残酷な謎と秘密が隠された大人のメルヘンでありますから。
舌切り雀や三本の斧、複数の選択肢を与え、その中から一つを選ばせることでその人間の器量や善悪を計るのは御伽噺の定石ですが、その原形ともいえる古代の神話や説話の類では、その選択の一方は幸福をよび、他方は不幸をよぶというような単純なものではないことがほとんどです。賢い選択をしたはずの主人公であるのに、後日の労苦や不幸から免れることはできないそれらの物語は、幼いころの私にとっては理不尽に思え、あまり読後感のよいものではありませんでした。神や魔物、それら原典の神話などに登場する人外の存在は、好ましい選択をした人間に恩寵や祝福を与えたかったわけではなく、結局のところその人間自身による運命の選択を迫っていただけに過ぎないことに気づいたのは随分後になってからです。
また御伽噺では美しく善良な娘の引き立て役として、その性根の悪さや醜さで、常に排斥される立場にある、姉(妹)ですが、一夫一婦制が確立していない頃の古代の神話、説話の類では、王や神、大いなる存在は、勇者が成し遂げたことの褒賞として、一人を選ばせるのではなくて、姉妹二人を共に与えようとするものも多いことをご存知でしょうか?けれども勇者は当然のごとく美しい娘だけを偏愛し、醜い娘を厭うて退けてしまうのです。後日、その報いを勇者と彼の子孫は受けることになります。醜い娘が象徴しているものは陽に対する陰、正に対する負、人々が穢れと呼んで忌避し畏怖した全てです。(これは本編でもキーワードです)もしも勇者が醜い娘も妻として娶り、妹(姉)と同等に遇することさえしていれば、夫として彼は妻たる娘が体現しているこの世の全ての穢れをも自らの支配下におくことができ、病貧老死、飢饉災害に脅かされることなくより栄えることができたのに―神話ではその責を、両者を平等に受け入れることができなかった勇者の、というより人間の性のせいであるとしています。
作者さまは、これらの神話や伝説、民話や御伽噺などを、おそらくはご存知であるに違いないと思われます。この作品には、物語としての美しさだけではなく、下敷きにしたであろうと思われる複数の原典にこめられた深い機智や警句、暗示を咀嚼し、嚥下し、消化なさった大人の冷静な目を感じるからです。神ならぬ人間にできるのは、後にくる果と責に対する覚悟を持って選択をすることだけ。そして人は、心の秤が強く傾いた時にだけ、強い覚悟をもってその選択ができる。私はそれに改めて思いを馳せました。そして心の秤が何をもってしてそこまで傾いたのか、それを見事に描いた作品が、非常にドラマティックであることは言うまでもありません。それが恋情であれば、ロマンティックであることはもちろんであります。そのドラマティックさとロマンティックさをぜひぜひ本編をお読みになって堪能なさっていただきたいと思います。選択に伴う無慈悲な残酷も物語には秘められておりますが、その残酷があるからこそ、それでもその選択をさせた、恋情の重さ、深さ、熱さには、読者として官能的な陶酔を感じずにはいられません。
多くの謎を秘めた物語は、ミステリアスに展開してゆき、読者は当惑し、自分の中で仮説を立てずにはいられません。魅力的なキャラが登場する印象的なシーン、暗示を秘めた台詞の数々。手を伸ばせば届きそうな真実、見えてきそうな謎、けれども読者はなかなかその核心に触れることがないのです。そのもどかしさとだからこそのおもしろさ。選択を迫られた渦中の人、狼とよばれる傭兵が真実求めているのは本当は誰なのか。彼の選択を嘆く娘は、なぜにそこまで嘆くのか。選ばれ求められた姫が、その選択を誤っているとして傭兵を拒もうとするのはなぜか。幾多の謎は、終盤になるまで明かされることはなく、読者を翻弄し、その心をそらさせぬままに、ますます物語の中に引き込んでゆきます。このストーリーメーキング、展開の巧みさに私は心楽しく惑わされました。
紡がれる文章の美しさと巧みさは、今更申すまでもございません。わかりやすく読みやすく無駄がない、そして絵が浮かぶ、映像美を感じる文章。この作者さまならではの怜悧で耽美な作品世界を私は堪能させていただきました。映像だけではなく、思わず、瑞々しい葡萄が持つ鮮烈な香りと、空気を甘く濃く染める熟して地に落ちた葡萄の香りまで蘇らせたのは私だけではないでしょう。それらを思い浮かべながら、葡萄の恵みであるワインを傾け、作者さまのイマジネーションと美意識に乾杯したくなる作品です。
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