H A L E M
GENRE : オンライン小説 恋愛小説非R18 R指定なし
SITE NAME ; Garden. http://www.geocities.jp/kiku_co_co/
MASTER : き く こ 様.

CAUTION :



STORY ;
或る時代、暑い砂漠の国に住む女、サラ。特異な生活を送る彼女は、いまだ恋を知らなかった。
ふとしたことから、ブルーの瞳を持つ異国の男と出会う。彼女はいつしか彼へ初めての恋心を芽生えさせるが……。
その恋が、思いがけず大きく彼女の人生を動かしてしまう……。―――作者さま紹介文より
作品のご紹介&感想
こちらの作者さまの文章は、とにかく嫋やかで、柔らかく、そして決して過剰ではないのですが、女性ならではの艶があります。こういう文章を官能的というのではないかと思うくらいです。そして、この女性らしい官能美を感じさせる文章が紡ぐ、「HALEM」の物語。もうぴったり過ぎて文句のつけようがありません。
ハーレム、それはイスラム教圏で権力と財力を持つ男だけが主となることを許された、女の園。主であるたった一人の男のためだけに、多くの女たちが集められ、その性をもって奉仕する場所。女たちは日夜その美と官能を磨くことに終始し、主の寵と歓心を得ることだけに腐心する。女たちは、ただ一人の主の閨に召される夜を待ち続け、それ以外の長い夜ともっと長い昼を過ごす。短い女の花の季節、女たちは花園の中の一輪に過ぎず、主の寵が得られなければ、たとえどれほど美しく咲き誇ろうが、その盛りの季節がどれほど短かろうが、倦怠と諦観、怠惰と怨嗟の中にその身を埋もれさせ、虚しく朽ちさせていくしかない。たとえ、主にかえりみられることなく捨て置かれた花であっても、一旦花園へ植えられた花は、主の許しなくば、朽ちて枯れはてるまで、その花園からでていくことは許されない。
イスラム教の教義には全く不案内なのですが、イスラムで4人の妻が許されるようになったのは、戦乱のせいで男性の数が減ってしまった時代、寡婦や結婚相手が見つからない女性たちの救済策として始まったと聞いたことがあります。若い未婚の美女ばかりを集めたハーレムが寡婦の救済に一役買っていたとは考え難いですが、権力者たちは、教義に一夫多妻が許される以前から、ハーレムを持っていたに違いありません。古今東西、およそ王朝と名がつくものは、表ではその領土と王権の保全と拡大、後ろではその血脈の存続にこそ力を注ぐものです。まして、過酷な自然風土の中、少ない水や緑地の利権を争って戦乱の歴史を繰り返していた中近東の国々であれば、男たちはいつ命を失うか知れず、彼らが一人の妻にしか子供を生ませなかったとしたら、その血脈や一族の存続は難しかったに違いありません。その是非はともあれ、ハーレムというシステムはこの死亡率の高い地域・時代において人口の減少を防ぐという意味では、非常に理にかなっていたのです。
舞台となる国は、イスラム文化圏であることは確かですが、それがアラブ系か、トルコ系かまでは語られておりません。確か、トルコ系だったかと思いますが、王のハーレムの女性は全て奴隷という国策が長く続いた帝国があったはずです。過去、戦乱があった時に、王のハーレムが敵に襲われ、その時に、王妃や国王の母である王太后が敵国に連れ去られたことがあったそうです。王の正妃や、国母である王太后を他国に奪われたことは、文字通り国辱であり、国としてのメンツは丸つぶれです。以後同じ轍を踏むのを避けるべく、国策として王は正式な夫人を持たなくなったとか。つまり、王の褥に侍り、王の子を産み、王の母となっても、あくまで身分は王の僕、奴隷という事にしておけば、いつ同じことが起きて敵側に奪われることがあっても、国として王として男として、その体面に傷がつくことを最小限に抑えることができるというわけです。
華やかに美を競い、寵を争うハーレムの女達。けれども、一旦事有れば、惜し気なく敵にくれてやり、捨て去ることができる存在。それは自身の母であり、自身の子を産んだ女であっても例外ではない―本編を読んで私はこの事を思い出しました。これら現代に生きる女性として憤慨せずにはいられない、その実に苛烈ともいえる合理性と男尊女卑の極みともいえる価値観は、国や民族は違っても、ハーレムが存在した過去の(あるいは現在も)中近東のイスラム圏の国々には共通しているような気が致します。
オンライン小説、非オンライン小説の区別なく、およそ恋愛を扱った作品でハーレムが舞台となる場合、そのエキゾチックで官能的な要素にばかり光が当たり、そのシビアでリアルな実体を描いた作品はあまりありません。そんな中、本編は、恋愛作品ではありますが、間違いなくハーレム、そしてハーレムに生きる女性をリアルに描いたある意味異色のオンライン小説です。
ハーレムという言葉が人に与える、その官能的で艶美で退廃的な雰囲気。それも間違いなく本編では余す所なく描かれております。先に述べましたように、この作者さまの筆は、本当に艶と柔らかさ、女性としての嫋やかさに満ちておりますので、その筆致で描かれるハーレムの様子ですから、読んでいてむせ返るような官能美、女の園の香りと雰囲気が伝わってきます。もう、艶っぽいったらありません!同時に、その柔らかな筆で、ハーレムとそこに生きる女たちのシビアな現実を鋭くも簡潔に紡いでいくのですが、それがとにかくすごい!お見事としか申せません!
狩りから帰った王の命で、馬場の周りにハーレムの女達が集められるシーンがあるのですがそれがもう逸品です。熱い砂の上、引き立てられるように連れてこられたヒロインは湯浴の途中だったために、他の女たちの多くと同じように裸足であり、素肌に薄物しかまとっていません。彼女は躊躇いなく隣に並ぶ同じハーレムの女のまとう絹を奪い、それを引き裂いて砂の熱さから足を守ります。ハーレムでは王の寵がその序列の全てであり、ヒロインは隣の女より王の寵が篤く、それを知っている女は悔しそうにヒロインを睨むだけです。熱砂に足を焼く女達には一顧だにせず、馬に鞭を当てていた王はやがて今宵の伽を勤める者を選ぶために、ずらりと並んだ女たちを見比べます。王の目がヒロインにとまり、ヒロインが微笑みかけると、王はわざとのようにヒロインの隣の女を選びます。その途端、女は絹を奪われた仕返しにヒロインの頬を打つのです。もう、このシーンだけで、ハーレムという世界、そこに住むヒロインや他の女たちの有り様、そして主であるこの冷酷苛烈で魅力的な王の姿がまざまざと読者の中に投影されてゆきます。絶品!
若く、美しく、王の寵もそれなりであり、ハーレムの女でいることに、不満や不足を感じることはなかったけれども、それに幸福や満足を感じることもなかったヒロイン。彼女は王の客である異国の白人の青年に出会うことで、自分が籠の鳥であったことを自覚します。ヒロインは決して愚かではありませんでしたが、孤児の彼女にはハーレムに入れられる前も後も、教育を受ける機会はなく、日々繰り返されるハーレムでの日々で彼女は自らの肢体を磨き、王の歓心を買うための知恵と女としての手練手管は身につけてきても、自らの心を探り深める機会などなかったからです。小難しい言葉をつかえば、彼女はこの青年と出会うことで、自我に目覚めるわけです。それはまさしく目覚めと呼ぶに相応しく、今までは無意識に半眼のままに眠らせていた彼女の心は動きはじめ、物語も彼女の運命も動き始めるのです。
物語は二転三転してゆき、その展開こそが、この物語のおもしろさでありますので、ストーリーについての詳しいご説明は省かせていただきますが、少しだけ。籠の鳥である自分に気づいたヒロインはある選択をするのですが、その選択が、その後のヒロインの運命も、そしてその心も、大きく、大きく変えてゆくのです。切なく辛く、痛い展開もあれば、甘く甘く、蕩けるような展開もあり、それが繰り返されます。それらはまさに、ハーレムが持つ甘美と官能と残酷を見事に体現しているかのようで、まだ連載中のこのオンライン小説が、最後にどこに落ち着くのか、私としても全く見当がつきません。ただただ、どきどきはらはらしながら連載を追いかけ、首を長くして更新を待っている状態です。
ヒロインであるサラ、彼女に対する評価はおそらく割れることとは思いますが、いかに評価が割れようと、彼女に反発してしまう方であっても、その人物描写の見事さには舌を巻かれるのではないでしょうか。作者さまの筆運びそのままに、ヒロインは姿だけはなくその気質も、女らしく、嫋やかで、優美で柔和ですが、同時に、彼女はまぎれもなく女としてのずるさと醜さも併せ持っているのです。彼女はまさしく女そのものであり、好悪はともあれ、その説得力とリアリティに読者として惹きつけられずにはいられません。
そして物語に登場する二人の男性キャラ。一人は、西洋フェミニズムを体現しているかのような白人の青年リー。そして、ハーレムの主である、苛烈で峻烈な王。王は俺様鬼畜な言動を素でやってのけますが、そう評することさえ、もしかしたら不遜なことかもしれません。彼の生きるイスラムの世界では、男として、王として、主として、彼の言動は、至極真っ当で当たり前なものなのかもしれませんので。
皆様はどちらの男性が気に入られるでしょうか?はっちはもちろん、伴侶に選ぶならリーですが、キャラの魅力度でいえば、リアルすぎて少々怖気そうですが、それでも断然、この王様であります!俺様系のキャラがお好きな皆様なら、ぜひ一度、この、本家本元正真正銘筋金入りの由所正しき俺様王様にご拝謁なさってきてくださいませ~(2008.12.4.完結)
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こちらの作者さまの文章は、とにかく嫋やかで、柔らかく、そして決して過剰ではないのですが、女性ならではの艶があります。こういう文章を官能的というのではないかと思うくらいです。そして、この女性らしい官能美を感じさせる文章が紡ぐ、「HALEM」の物語。もうぴったり過ぎて文句のつけようがありません。
ハーレム、それはイスラム教圏で権力と財力を持つ男だけが主となることを許された、女の園。主であるたった一人の男のためだけに、多くの女たちが集められ、その性をもって奉仕する場所。女たちは日夜その美と官能を磨くことに終始し、主の寵と歓心を得ることだけに腐心する。女たちは、ただ一人の主の閨に召される夜を待ち続け、それ以外の長い夜ともっと長い昼を過ごす。短い女の花の季節、女たちは花園の中の一輪に過ぎず、主の寵が得られなければ、たとえどれほど美しく咲き誇ろうが、その盛りの季節がどれほど短かろうが、倦怠と諦観、怠惰と怨嗟の中にその身を埋もれさせ、虚しく朽ちさせていくしかない。たとえ、主にかえりみられることなく捨て置かれた花であっても、一旦花園へ植えられた花は、主の許しなくば、朽ちて枯れはてるまで、その花園からでていくことは許されない。
イスラム教の教義には全く不案内なのですが、イスラムで4人の妻が許されるようになったのは、戦乱のせいで男性の数が減ってしまった時代、寡婦や結婚相手が見つからない女性たちの救済策として始まったと聞いたことがあります。若い未婚の美女ばかりを集めたハーレムが寡婦の救済に一役買っていたとは考え難いですが、権力者たちは、教義に一夫多妻が許される以前から、ハーレムを持っていたに違いありません。古今東西、およそ王朝と名がつくものは、表ではその領土と王権の保全と拡大、後ろではその血脈の存続にこそ力を注ぐものです。まして、過酷な自然風土の中、少ない水や緑地の利権を争って戦乱の歴史を繰り返していた中近東の国々であれば、男たちはいつ命を失うか知れず、彼らが一人の妻にしか子供を生ませなかったとしたら、その血脈や一族の存続は難しかったに違いありません。その是非はともあれ、ハーレムというシステムはこの死亡率の高い地域・時代において人口の減少を防ぐという意味では、非常に理にかなっていたのです。
舞台となる国は、イスラム文化圏であることは確かですが、それがアラブ系か、トルコ系かまでは語られておりません。確か、トルコ系だったかと思いますが、王のハーレムの女性は全て奴隷という国策が長く続いた帝国があったはずです。過去、戦乱があった時に、王のハーレムが敵に襲われ、その時に、王妃や国王の母である王太后が敵国に連れ去られたことがあったそうです。王の正妃や、国母である王太后を他国に奪われたことは、文字通り国辱であり、国としてのメンツは丸つぶれです。以後同じ轍を踏むのを避けるべく、国策として王は正式な夫人を持たなくなったとか。つまり、王の褥に侍り、王の子を産み、王の母となっても、あくまで身分は王の僕、奴隷という事にしておけば、いつ同じことが起きて敵側に奪われることがあっても、国として王として男として、その体面に傷がつくことを最小限に抑えることができるというわけです。
華やかに美を競い、寵を争うハーレムの女達。けれども、一旦事有れば、惜し気なく敵にくれてやり、捨て去ることができる存在。それは自身の母であり、自身の子を産んだ女であっても例外ではない―本編を読んで私はこの事を思い出しました。これら現代に生きる女性として憤慨せずにはいられない、その実に苛烈ともいえる合理性と男尊女卑の極みともいえる価値観は、国や民族は違っても、ハーレムが存在した過去の(あるいは現在も)中近東のイスラム圏の国々には共通しているような気が致します。
オンライン小説、非オンライン小説の区別なく、およそ恋愛を扱った作品でハーレムが舞台となる場合、そのエキゾチックで官能的な要素にばかり光が当たり、そのシビアでリアルな実体を描いた作品はあまりありません。そんな中、本編は、恋愛作品ではありますが、間違いなくハーレム、そしてハーレムに生きる女性をリアルに描いたある意味異色のオンライン小説です。
ハーレムという言葉が人に与える、その官能的で艶美で退廃的な雰囲気。それも間違いなく本編では余す所なく描かれております。先に述べましたように、この作者さまの筆は、本当に艶と柔らかさ、女性としての嫋やかさに満ちておりますので、その筆致で描かれるハーレムの様子ですから、読んでいてむせ返るような官能美、女の園の香りと雰囲気が伝わってきます。もう、艶っぽいったらありません!同時に、その柔らかな筆で、ハーレムとそこに生きる女たちのシビアな現実を鋭くも簡潔に紡いでいくのですが、それがとにかくすごい!お見事としか申せません!
狩りから帰った王の命で、馬場の周りにハーレムの女達が集められるシーンがあるのですがそれがもう逸品です。熱い砂の上、引き立てられるように連れてこられたヒロインは湯浴の途中だったために、他の女たちの多くと同じように裸足であり、素肌に薄物しかまとっていません。彼女は躊躇いなく隣に並ぶ同じハーレムの女のまとう絹を奪い、それを引き裂いて砂の熱さから足を守ります。ハーレムでは王の寵がその序列の全てであり、ヒロインは隣の女より王の寵が篤く、それを知っている女は悔しそうにヒロインを睨むだけです。熱砂に足を焼く女達には一顧だにせず、馬に鞭を当てていた王はやがて今宵の伽を勤める者を選ぶために、ずらりと並んだ女たちを見比べます。王の目がヒロインにとまり、ヒロインが微笑みかけると、王はわざとのようにヒロインの隣の女を選びます。その途端、女は絹を奪われた仕返しにヒロインの頬を打つのです。もう、このシーンだけで、ハーレムという世界、そこに住むヒロインや他の女たちの有り様、そして主であるこの冷酷苛烈で魅力的な王の姿がまざまざと読者の中に投影されてゆきます。絶品!
若く、美しく、王の寵もそれなりであり、ハーレムの女でいることに、不満や不足を感じることはなかったけれども、それに幸福や満足を感じることもなかったヒロイン。彼女は王の客である異国の白人の青年に出会うことで、自分が籠の鳥であったことを自覚します。ヒロインは決して愚かではありませんでしたが、孤児の彼女にはハーレムに入れられる前も後も、教育を受ける機会はなく、日々繰り返されるハーレムでの日々で彼女は自らの肢体を磨き、王の歓心を買うための知恵と女としての手練手管は身につけてきても、自らの心を探り深める機会などなかったからです。小難しい言葉をつかえば、彼女はこの青年と出会うことで、自我に目覚めるわけです。それはまさしく目覚めと呼ぶに相応しく、今までは無意識に半眼のままに眠らせていた彼女の心は動きはじめ、物語も彼女の運命も動き始めるのです。
物語は二転三転してゆき、その展開こそが、この物語のおもしろさでありますので、ストーリーについての詳しいご説明は省かせていただきますが、少しだけ。籠の鳥である自分に気づいたヒロインはある選択をするのですが、その選択が、その後のヒロインの運命も、そしてその心も、大きく、大きく変えてゆくのです。切なく辛く、痛い展開もあれば、甘く甘く、蕩けるような展開もあり、それが繰り返されます。それらはまさに、ハーレムが持つ甘美と官能と残酷を見事に体現しているかのようで、まだ連載中のこのオンライン小説が、最後にどこに落ち着くのか、私としても全く見当がつきません。ただただ、どきどきはらはらしながら連載を追いかけ、首を長くして更新を待っている状態です。
ヒロインであるサラ、彼女に対する評価はおそらく割れることとは思いますが、いかに評価が割れようと、彼女に反発してしまう方であっても、その人物描写の見事さには舌を巻かれるのではないでしょうか。作者さまの筆運びそのままに、ヒロインは姿だけはなくその気質も、女らしく、嫋やかで、優美で柔和ですが、同時に、彼女はまぎれもなく女としてのずるさと醜さも併せ持っているのです。彼女はまさしく女そのものであり、好悪はともあれ、その説得力とリアリティに読者として惹きつけられずにはいられません。
そして物語に登場する二人の男性キャラ。一人は、西洋フェミニズムを体現しているかのような白人の青年リー。そして、ハーレムの主である、苛烈で峻烈な王。王は俺様鬼畜な言動を素でやってのけますが、そう評することさえ、もしかしたら不遜なことかもしれません。彼の生きるイスラムの世界では、男として、王として、主として、彼の言動は、至極真っ当で当たり前なものなのかもしれませんので。
皆様はどちらの男性が気に入られるでしょうか?はっちはもちろん、伴侶に選ぶならリーですが、キャラの魅力度でいえば、リアルすぎて少々怖気そうですが、それでも断然、この王様であります!俺様系のキャラがお好きな皆様なら、ぜひ一度、この、本家本元正真正銘筋金入りの由所正しき俺様王様にご拝謁なさってきてくださいませ~(2008.12.4.完結)
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